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浮いている星 [占星学]

というのが、ホロスコープの中をくまなく見て行くとあるように思います。
ついつい見落としてしまうし、あまり意識しない星だったりもしますし、当然使えていないことになります。ただ、それが意外な星(10惑星とドラゴンヘッド、キローンを加えます)だったりもします。
私自身はいつも書いているように、風の星がひとつもありませんが、ドラゴンヘッドとキローンは実は風なのです。惑星だけに目が行ってしまいがちですのでどうしても……

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キャラ設定 [ひとりごと]

きのう「ホンマでっかTV」をまた見ていて(これだけはバラエティだけど結構楽しくて見てしまう)嵐の二宮君と相葉君が出ていましたが、二宮君がいきなり
「自分に興味がない」と言ったのを聞いたときのさんまさんの顔が…(笑)

でも、わかる気がします。
心理学の植木先生には「キャラ設定」とやたら言われていましたが、二宮君は芸能界というところにいるし、割と演技力を買われている「憑依型役者」に該当すると思います。
この手のタイプにはSMAPの草彅君も該当すると思うのですが、確か同番組に草彅君が以前でた時
「誰も愛せない」
と言ってたように思いますので、なんとなく根底が似ている気がします。

いろんな役を演じるのでいろんな人格が憑依します。そうこうしていると、本当の自分が何なのかわからなくなりますし、やはり演じるに当たりあまりにも自分が出てしまうと、演技がワンパターンになってしまうので、
ある意味「自分を薄くする」という、カウンセリングでも大事なことなのですが、自我を丸出しにはしないように
無意識にしていると思います。(カウンセリングは意識的にやりますが)

なので、自分に関心を持っていてはなかなか「憑依」はできないはずです。

二宮君は双子座・月乙女座ですから一見すると明るく活発な印象ではあるのですが、柔軟宮同士のライツはやはりどこか淡泊な印象はあります。物事に興味がないというよりはこだわりが少ないはずです。
草彅君は蟹座ですが月は魚座なのでやはりどこか飄々としています。

私自身もこの仕事を長くしていると、やはり意識的に本来強い自我を抑えて占い師という「キャラ設定」をしていると思いますので、本当の自分が分らなくなることが時々ありますし、以前ほど何かに「はまる」ということがなくなってしまったように感じます。
グジグジしてはいる性格ですが、決してしつこいのではなく、「どうでもいいや」という感じで諦めることも多い方なので、私も月が乙女座で柔軟宮ですからあまりエネルギーはありません。

でも、確かにこれ、怖いんですよね。
自分自身はもちろん大事ですので、健康面には気をつけたりはしますが、関心が自分自身にあるかというと、人にどう思われるかは気になりますが、それは自分に関心があるからというのではないのです。
愛情も同じだなと感じるのですが、誰かのことをもう、めちゃくちゃ好きでたまらない、というような窒息させるような愛情は私には持ち合わせていませんし、そこまで人にも「はまった」経験がありません。

女性の場合は母性の強い人は本当に四六時中お子さんの心配をしているし、お子さんが幸せなら自分なんかどうでもいいというような愛情を持った人が結構いますが、私にはそこまでの愛情は皆無なので、冷たいのかなぁと思ったことも何度もあります。でも、「母親」というキャラ設定をしている人も案外多いのかなという気がします。
私の場合は母親業はもうすでに終わっていますし、以前から仕事に関しての興味の方が強かったのもあって、仕事上のキャラ設定はしてきましたが、そこに母親というものは介在していなかったと思います。

子供に対して責任はあるけれど、いないとたまらなくさびしいとか、そういった感情はありません。
どこかで
「生まれるのも一人、死ぬのも一人」
という諦観があるからか、最近はもっぱら「一人」=「孤独」ではないということを自分に言い聞かせています。

二宮君は今、なにやら女子アナと噂になってはいますが、それ自体も彼は他人事のような感覚で「あ~、騒がれているみたいだな」という感じ方をしているように思います。
私は彼ほどの大物ではないので、彼ぐらい達観できれば逆に楽だろうなと思いました。

彼はきっとめちゃくちゃ好きな人もいない代わりに、大嫌いな人もいないと思います。
だからと言って冷淡なのではなく、常に自分も含めて人を客観視している自分がいるのかもしれません。

私の敬愛する小田和正さんも似たような感じを受けます。
乙女座・月射手座ですのでやはり柔軟宮のライツですから、どこかしら最近はコンサートでも、観客のことを
傍観している好々爺のような感じすら受けます。

誰かを深く愛せる人というのはそれだけ自分のことが好きだと思いますし、自分を愛せるから人を愛せるのでしょう。子供を溺愛する母親になれる人はきっと自分自身を愛せる人なんだと思います。

その意味では私は自分に関心はないなあ…と二宮君の飄々とした顔を見ながら感じていました。
ただ、私はそのことをややさびしく感じているけれど、二宮君は別段寂しいと思っていないというのと、若さがまず違うので、彼がやや老成した感じを受けるのはそのせいかもしれません。

誰しもある種の「キャラ設定」はしているのかもしれませんね。

もちつもたれつ [占星学]

と言う言葉は結構好きなのですが、今日は講座をしていて結構みなさん質問をしてくださったので、盛り上がって楽しかったです。
「フィフティフィフティ」というような言葉で言うとなんとなくちょっと打算的な印象になったりするし、「平等」とかいうとビジネスライクだし、そういう意味で「もちつもたれつ」と言う言葉はなんか柔らかくて好きです。
占星学でいうところの人間関係はすべてこの「もちつもたれつ」に……

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