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父親に愛された娘 [ひとりごと]

心理占星学では他者信頼を表すハウスは8ハウスで、対極にある2ハウスが自己信頼つまり「自信」を示すハウスになっています。

「自信がない」という人は本当に多いのですが、自信など最初からある人はいませんから、なくて当然です。
ただ、ことさらに自信がないという人はどうも、他者信頼がうまくできない人のように思います。

他者を信頼することで自己を信頼することができます。
赤ちゃんは、一般的には母親に無条件の信頼を受けることで自分自身を信頼できるようになります。
この信頼は「愛」ともいえるものですが、女の子にとって、まずたいていは、生まれて最初にその「信頼」を受ける異性は父親であることが多いでしょう。

父親に無条件に愛された娘というのは、ある意味「自信」を持つことができます。
なので、特に思春期の恋愛において、好きだという気持ちを相手に割と率直に伝えることができます。
自分の容姿に自信があるというのではなく、自分自身を信頼できるという意味での自信があるからです。

ところが、幼少期に何らかの理由で父親に愛されなかったり、父親がほとんど家にいないとか、子育てに関心のなかった場合、そういう環境で育った娘の多くは自己信頼がいびつになるので、恋愛面で自信が持てません。異性に対して信頼されるかどうかが不安で仕方がないので、他者信頼、つまり相手を好きになってもその自分の気持ちに自信が持てないため、
「好きだといっても受け入れてもらえなかったらどうしよう」と思います。

父親に愛されすぎて母親に疎まれてしまうという娘もいます。エレクトラコンプレックスと呼ばれるもので、父親がまるで恋人のように娘をかわいがる姿を客観視できず、父親は母親にとってはかつての恋人だったので、自分を差し置いて娘に愛情のほとんどが移ってしまうように感じる母親もいます。
でも、そういう場合でも、娘は割と恋愛面で異性に愛される自信は育つので、比較的ストレートに愛情表現ができます。

私は息子はいないので、母親と息子の健全でない関係はよくわからないですが、今の時代、マザコンとはちょっと違うらしい「ママっ子男子」なる関係性が結構多いそうで、お互いにかなり信頼し合っている関係のようで好ましいといわれています。

マザコンになってくるとどうも不評ですが、ファザコンは全く健全なものとしてとらえられるのは多分父親と娘は共依存にはなりにくいからだと思います。

例えば芸能界でも高橋真麻さんと父親の高橋英樹さんの関係は仲良しで有名ですが、真麻さんはちょっと変わっている面もあるものの、性格は非常に素直で屈託がなく、ある意味自己信頼に満ちたタイプに見えます。
父親に愛されている娘の典型だろうなと思います。

お客さんでも、素直に恋愛感情を出せるようなタイプのお嬢さんは、お父さんと仲良しだというケースが多いです。

我が家でも、主人は長女を溺愛していましたので、次女のほうが正直容姿もかわいいし、異性にもてていたのにもかかわらず、長女は自分に対して根底に自信を持っています。次女は異性の友人は多かったのですが、自分にはいまだにあまり自信は持っていません。主人と似ているせいか、あまりそりが合わなかったからです。長女は年上好きですが、次女は同級生とばかりつきあっていました。

社会生活においてこの「自己信頼」という自信はとても大事です。

ですから、女の子の場合、父親との関係はやはり幼少期はかなり大事です。
男の子の場合はむしろ思春期になったときに父親の役割が大事な気がします。

私自身は物心ついたときから父親はいないので、異性に対しての免疫がなく、恋愛面でいうと自信はかけらもなく、いつもおどおどしていたと思います。

溺愛しすぎるのもどうかとは思いますがやはり父親に愛されていた、と言い切れる娘さんは大人になった場合に、人を純粋に愛することもできるし、それを臆せず相手に伝えられると思います。
ですから結婚して子供ができても、自分のご主人が子供、特に娘を溺愛してもそれをほほえましく見守ることができるわけです。

私の友人で、中学生の時に両親が離婚し、その原因が父親の暴力だったという子がいて、もちろん彼女は父親を憎んでいますが、自分の子供は男女両方いますがとても愛情を持って育てていました。ただ、彼女自身、ご主人がややDVっぽい(言葉の)人で、いまだにご主人に逆らえず、我慢ばかりしています。こういうケースは子供に対しては愛情を持っていても、自分の恋愛に対してはやはり自分に自信がないせいで、かわいいし、優しい人なのに、選んだ相手がちょっと・・・という気がしました。

別の人は、父親がアルコール依存でやはり恋愛面でダメンズを選んだり、共依存になったりしていました。

もちろん、年齢を重ねていく中で経験値を積んで努力して他者信頼がきちんと形成される人もいますが、
やはり幼少期の父親との関係は、女の子にとってはその後の恋愛面に大きく影響するのではないかと、いろんな人を見ていて思います。

数字の不思議 [ひとりごと]

こういう仕事をしていると、やはり数字というものにはついつい目が行くことが多いのですが、占星学は基本的に12星座・12ハウスというように、12という数字が基本になっている場合が多いのです。

1年は12か月だし、東洋でも十二支というのがありますし、何かと関係してくる数字です。

よく、木星が自分の太陽星座に来ると「その年は良い年だ」というように一般的には言われています。(今年で言えば天秤座)もちろん、木星の影響を思い切り受けるハッピーな人もいるとは思いますが、どちらかというと、太陽星座というより、今年は木星がもともと天秤座にある人にとって、いわゆる「ジュピターリターン」になるため幸運な出来事が起きやすいと言えるでしょう。

木星はほぼ一年間一つの星座にいますので、目安をつけやすいのですが、もちろん1月から12月までしっかりひと星座にいるわけではないし、途中で逆行もしますから、だいたいの計算にはなるのですが、1969年生まれの人などは大体木星が天秤座にある世代で、そこに12を足した1981年生まれの人は木星が天秤座です。ですから、次は1993年生まれの人が概ね木星天秤座世代です。これらの人にとっては今年は割とラッキーなのです。

12年違うことを「一回り違う」と言いますが、これは先に書いた十二支のことで、要するに干支が同じということです。
1969年の一回り上がちょうど1957年で、今年還暦を迎える世代です。
今年の干支、つまりみんな酉年生まれの人たちです。

干支で言えば酉年生まれの人は「当たり年」つまり厄年みたいに言われますが、占星学でも木星はいいことも示すけれど同時に人を怠惰にする星でもあるため、安心しているととんでもないことが起きることがあります。

ただ、干支が同じ人というのは木星の星座も同じだという事です。
要するにおなじ干支で同じ木星ですので割と縁がありますし、相性的にもいいと思います。

ですから、目安としてわかりやすいでしょう。

一方、九星気学はその名の通り9という数字に縁があります。
数秘術でも9年で一つの周期を迎えますから、気学と流れは同じです。
では、占星学で9と言えば何かというと、リリスの周期なのです。
リリスは惑星ではないですが、9年で12星座を一周します。そしてだいたい9か月ひと星座にいます。

ですから、九星が同じ人は、リリスの星座が同じなのです。

私で言えば六白金星ですが(九星では2月4日の節入りまでは前の年で観るため、私のように1月1日生まれだと1958年で観ます)同じ六白金星の人、つまり9年ずつ足していけばいいのですが1967年生まれ、1976年生まれなどはすべて六白金星生まれで、リリスが概ね牡牛座になっているはずです。
リリスは9か月周期ですので、これは微妙にずれますが、やはり一つの目安にはなります。
リリスが同じという事は因縁めいた事柄も同じという事もあり、これまた縁はあります。

私自身で言うと、干支が同じ人は一回り下だと1970年生まれの人になりますが、確かにこの年回りの人とは結構縁がありますし、気が合います。
木星が概ね蠍座にある世代ということになりますが、今年の10月以降木星は蠍座に移行しますから、来年は「当たり年」です。戌年なので確かにそうです。

私は今年はあまりどの占いでも良い年ではありませんが、来年は最高に良いか最悪かのどちらかというようないわゆる覚悟の年にはなります。
おまけに年齢的に言うとサターンリターンだし、まあ、土星も木星も両方リターンするわけで、なかなか濃い年になるんだなと言う感じです。

12と9という数字はどちらも3で割り切れますが、3という数字は三角形を示し、占星学の記号だとトラインの記号でソフトアスペクトの代表です。
しかも3は射手座つまり木星を守護星にもつ星座のラッキーナンバーでもあります。

数字のことを考えるとなかなか楽しいですが、計算とか数学になってくると苦手なので厄介です。

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今年最後の新月 [ひとりごと]

は山羊座8度、まさに私の太陽の近くで起きています。
今年の後半はどうも健康面がすぐれなかったので、健康面に関しての願い事ばかり、あまり新月に願ったりしないのですが今年はちょっと真剣に願ってみました。

友人から誕生日(元旦ですが)プレゼントをいただいたのですが、そこに添えてあったカードに

「しなやかに かわいくね」

とあったので、これ、私自身のキャッチフレーズにしようと思いました。
いくつになってもしなやかでかわいい人になりたいものです。

別の生徒さんからも先にプレゼントをいただいたのですが、とてもかわいいキャンドルで、
大好きなピンクのバラがまるで水中花のように透明のガラスの中に入っていて、泡のようなしずくも入っていて、ハート型の鍵も入っていました。
なんとこのアイテムがすべて風水的に良いそうで、これもまた、吉兆のようで嬉しかったです。

来年は8日までは水星が逆行中の中で新年を迎えますから、いろんなことが遅れたりするかもですし、
連絡事項が滞るといけないので一日早くHPの占いなどをアップしました。

今年はちょっとここもサボり気味でしたので、来年はもう少しマメにアップします。

今年もお世話になりました。来年早々、1月の運勢をタロットで占ってみます。

来年はレッスンや講座、セミナー等をもっと精力的にやっていきたいので、どうかよろしくお願いします。


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リア充とは・・・ [ひとりごと]

またもやアップが亀になっております。
体調が低め安定のまま年越しをしそうですが、どうも冬は例年あまりテンションは上がらないのですが、今年はいつもに増してテンションは低めです。

でも、おかげさまで私のリニューアルオープンしたHPは概ね大好評のようで、賛辞をくださるのはみなさん生徒さんで、嬉しい限りです。

仕事の合間に時々私自身も、自分が作ったものではない心理テストをやってみたりするのですが、
「リア充診断」なるものがありましたのでやってみました。

結構正直に、割とポジティヴな面も自分にはあるなあと思いつつやったのですが、結果は

あなたは、非リアです

と出てきてもう、笑えました。
私はリア充の筈はないと思いましたが、結構明るい答えをしても非リアになるんだ!と納得でした。

そもそも、リア充ってなんなのかと思いますが・・・。

私の場合健康面が損なわれていますので、それ自体リア充ではないですしね。

以前から私の琴線に触れる4コマ漫画があるのですが、若干26歳の吉谷光平さんという人の漫画がもう、なかなかいいことを言っていて、それこそリア充のことを言ってるのかな?という、私の思いを代弁してくれているかのようなものがありました。

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この人の漫画はほかにも素晴らしいものがたくさんあります。
「男ってやつは」なんてのはもう、最後の最後でうるっとしてしまいましたし、社会風刺のようなものでも、どこかあったかみのある内容ばかりです。

素晴らしい感性だなと思いました。

リア充というのは、人に知らせたりするものではないんじゃないかなと思います。
自己満足でもいいから、自分の中で楽しめたらそれがリア充なのでしょう。

今年はなんか、一文字では「金」だったようですが、そんな華やかな年だったとは思えず、個人的にはあまりぱっとしない年だったかなと思います。

やはり健康第一だなと痛感した一年です。
リア充と呼べるのはまず健康であることでしょうね。

くるりんぱと逆りんぱ [ひとりごと]

って、言葉をみた時、リンパマッサージの一種で、何かリンパの流れを良くするようなマッサージのやり方なのかと思っていました。
すると、今はやりのヘアアレンジのことだったのです。

動画を観てみるとなかなか面白いし簡単で、私みたいな不器用な人間でも、ゴムがあったらできるんです。
ただ、私は髪の量が多いので、結構穴に通すのが難しかったりしますが、適度に髪が乱れているような感じでもそのルーズな感じがかえっていい感じになったりもします。

くるりんぱは、穴の中に上から下に通して引っ張るもので、逆りんぱは、穴の中にしたから上に通して引っ張り出すもので、ゴムの跡が完全に見えなくなるものです。

ちょっとした編み込みヘアにも見えるし、私のように癖っ毛でまとまりにくい髪質の人には、いい感じにまとまってくれるので、これから結構はまりそうです。

言葉だけ聞いたらわからなかったのですが、響きもかわいいし、アレンジの仕方次第ではパーティーにも行けますし、リボンとかバレッタとかでアクセントをつけたりすると、とってもおしゃれだと思います。

アレンジをしようと思うとやっぱりロングヘアはやめられません。

この仕事をしていて良かったこと [ひとりごと]

やはり、鑑定の結果が良かった時に尽きるのですが、それが自己満足になってはいけないし、お客様をぬか喜びさせてはいけません。

特にタロットカードなどは、未来予測の最たるものですので、最終予想が良いに越したことはないのですが、良くない結果が出ても、それをそのまま言うのではなくあくまでもカードの結果は今の状況がそのまま続いていけばそうなるというものです。なので、やり方を変えてみたり、警告のカードを念頭に置きながら毎日過ごすことで変わることがあるのです。

もちろん、180度違う結果にはならないかもしれませんが、恋愛などの場合は相手のいることなので、その人がいくら頑張ってもどうにもならない場合もあるでしょう。

でも、それでも結果を知っておくことで、指針がわかります。

でも、インナーチャイルドカードは、あくまでもその人が自分で選び、そこに感じた事を自分の言葉で示すものですので、良いとか悪いとかではなく、その人が心地よく生きられるためにハイヤーセルフ(天の声)が導くものが出るのです。

きのう、友人にインナーチャイルドカードを引いてもらいましたが、もう、今までやってきたセッションの中で最もいいと言ってもいいぐらい、文句のつけようのないカードを彼女が引いたので、思わず写真を撮ってしまったぐらい嬉しかったのです。

6枚のカードを引くのですが(タロット同様78枚から)、彼女がいかにいままで頑張ってきたのかということが分るようなカードで、真実の愛に巡り合い、愛のハーモニーを奏でるという結果だったのです。
しかも、6枚中5枚が正位置で、剣のカードは一枚もなく、ハート(愛情面を示す)の正位置のカードが2枚に、大アルカナが3枚もあったのです。

観るだけであったかい気持ちになるようなカードで、ギフトのところには「世界」というカードが出たのです。
タロットカードと同じくこれは「完成」の意味合いがありますが、描かれているのは地球の子供というタイトルで、赤ん坊がハートを差し出しているような図で、見方によっては少し無気味ですが、なんだかこの場合「愛は地球を救う」のように見えたのです。

恋愛面で彼女は今まで本当にいろんな苦労もあったけれど、自分に正直に常に動いてきましたが、やっと、無理をしないで付き合っていける人と出会えたのです。
ただひとつ、課題の位置に出たのが逆位置でしたが、ここは、彼女が常に相手のことを思うがあまり、自分自身をあまり大事にせず、わがままを言ってこなかったことが出ていました。
今度付き合う彼にはわがままをもっと言ってもいいんだということ、それが相手を信頼することになるんだという意味合いでした。

通常、絵柄がどのように見えるのかということを聞いていくセッションなのですが、あまりにもはっきりとハッピーな図柄しかなかったため、誰が見ても悪い事は出てこないというようなカードだったんで、彼女もまた、ビックリしてしまい、絵を観て二人で感動していました。

こんなカードが並ぶのはもう、本当に嬉しいものです。

自分にもよいことが起きるような、そんな気にすらなれます。

こういう場合もしも彼女が今の彼と結果的にうまくいかなかったとしても、絶対に後悔しないと思います。
でも、自らが選んでいますので、必ずうまく行くと信じています。

やっぱり、努力をしてきたまっすぐな人には、ギフトはちゃんとくるんだと思いました。

私が長年この仕事をしているのは多分このように、クライアントさんがすごく喜ぶような瞬間を観たいからだと思います。
ちなみに友人と彼は占星学の相性的にも、よくここまで相性の良い、縁の深い人がいるもんだというような相性です。
占星学とカードはちゃんと連動します。

久しぶりにとても清々しい気持ちになれたので、ちょっと書いてしまいました。

サビアンについて [ひとりごと]

サビアンシンボルに関しては、私は松村潔先生の本を読む程度で、ほとんど専門外なのですが、それは、自分自身の太陽度数のサビアンが
「アホウドリが船員の手からエサをもらっている」というようなもので、「アホウドリ」という響きがすごく嫌だったからでもあるのです。(笑)

なんだか、自分がぼけ~っとしてるかのようなイメージを抱いてしまいました。

でも、今日、占星学鑑定士の人と話をしていたら、彼女は英語に堪能なのもあって、「アルバトロスですよ」と言われて何のことだかわからなかったのですが、アホウドリって、アルバトロスのことなんだと聞いて、ビックリしたんです。

バーディー、イーグル、アルバトロス・・・とゴルフ用語としては知っていましたが、これらが全部鳥の名前だったとは!イーグルだけは「鷲」のことだとわかっていたのですが、バーディーは小鳥のことを指す幼児語だったことも、当然アルバトロスがアホウドリだったことも知らなかったのです。

で、アホウドリというのは、大きな羽を持っているので飛ぶことをやめられないような鳥ですが、そういう鳥が餌をもらっているということは、地に足をつけることができるということで、山羊座9度はそういった意味合いがあるのではないでしょうかと言われてもう、目からウロコでした。
サビアンという、少しスピリチュアルな感性を要するものは、私のように現実的な星が強い人間にはどうも、解釈が難しいのですが、そんな風に読んでもらえると、妙に納得しました。

サビアンに関して私に質問をされても正直さっぱりわからないですが、アルバトロスというのはゴルフでも最もまれにしか出ないハイスコアだし、ちょっと嬉しい気分になりました。

だいたい、アホウドリなどという名前を一体誰がつけたのか、イメージが悪すぎますね。
鳴き声が「アホー」というように聞こえるからのようですが・・・。

占星学は英語ができた方が絶対にいいなと思うのですが、英語はどうも苦手なので、言語では読めませんし、どうしても和訳したものでしか学べないのが欠点です。

サビアンも極めたら面白いのでしょうけど、山羊座8度だったらちなみに
「ハープを奏でる天使」
という、とてつもなく美しい表現になっているんです。
その違いはいったいなんなんだ?と思いますが・・・。

まあ、私は自分のサビアンを調べて面白がる程度の知識しかないんで、これを実占に生かすことは到底できないんですが、自分の太陽度数も、あながちぼ~っとしているかのようでいて実は地に足がついているということだとしたら、さほど悪くないなと思いました。

占星学に長年携わっていますが、こういった発見が意外とあるのです。

キャラ設定 [ひとりごと]

きのう「ホンマでっかTV」をまた見ていて(これだけはバラエティだけど結構楽しくて見てしまう)嵐の二宮君と相葉君が出ていましたが、二宮君がいきなり
「自分に興味がない」と言ったのを聞いたときのさんまさんの顔が…(笑)

でも、わかる気がします。
心理学の植木先生には「キャラ設定」とやたら言われていましたが、二宮君は芸能界というところにいるし、割と演技力を買われている「憑依型役者」に該当すると思います。
この手のタイプにはSMAPの草彅君も該当すると思うのですが、確か同番組に草彅君が以前でた時
「誰も愛せない」
と言ってたように思いますので、なんとなく根底が似ている気がします。

いろんな役を演じるのでいろんな人格が憑依します。そうこうしていると、本当の自分が何なのかわからなくなりますし、やはり演じるに当たりあまりにも自分が出てしまうと、演技がワンパターンになってしまうので、
ある意味「自分を薄くする」という、カウンセリングでも大事なことなのですが、自我を丸出しにはしないように
無意識にしていると思います。(カウンセリングは意識的にやりますが)

なので、自分に関心を持っていてはなかなか「憑依」はできないはずです。

二宮君は双子座・月乙女座ですから一見すると明るく活発な印象ではあるのですが、柔軟宮同士のライツはやはりどこか淡泊な印象はあります。物事に興味がないというよりはこだわりが少ないはずです。
草彅君は蟹座ですが月は魚座なのでやはりどこか飄々としています。

私自身もこの仕事を長くしていると、やはり意識的に本来強い自我を抑えて占い師という「キャラ設定」をしていると思いますので、本当の自分が分らなくなることが時々ありますし、以前ほど何かに「はまる」ということがなくなってしまったように感じます。
グジグジしてはいる性格ですが、決してしつこいのではなく、「どうでもいいや」という感じで諦めることも多い方なので、私も月が乙女座で柔軟宮ですからあまりエネルギーはありません。

でも、確かにこれ、怖いんですよね。
自分自身はもちろん大事ですので、健康面には気をつけたりはしますが、関心が自分自身にあるかというと、人にどう思われるかは気になりますが、それは自分に関心があるからというのではないのです。
愛情も同じだなと感じるのですが、誰かのことをもう、めちゃくちゃ好きでたまらない、というような窒息させるような愛情は私には持ち合わせていませんし、そこまで人にも「はまった」経験がありません。

女性の場合は母性の強い人は本当に四六時中お子さんの心配をしているし、お子さんが幸せなら自分なんかどうでもいいというような愛情を持った人が結構いますが、私にはそこまでの愛情は皆無なので、冷たいのかなぁと思ったことも何度もあります。でも、「母親」というキャラ設定をしている人も案外多いのかなという気がします。
私の場合は母親業はもうすでに終わっていますし、以前から仕事に関しての興味の方が強かったのもあって、仕事上のキャラ設定はしてきましたが、そこに母親というものは介在していなかったと思います。

子供に対して責任はあるけれど、いないとたまらなくさびしいとか、そういった感情はありません。
どこかで
「生まれるのも一人、死ぬのも一人」
という諦観があるからか、最近はもっぱら「一人」=「孤独」ではないということを自分に言い聞かせています。

二宮君は今、なにやら女子アナと噂になってはいますが、それ自体も彼は他人事のような感覚で「あ~、騒がれているみたいだな」という感じ方をしているように思います。
私は彼ほどの大物ではないので、彼ぐらい達観できれば逆に楽だろうなと思いました。

彼はきっとめちゃくちゃ好きな人もいない代わりに、大嫌いな人もいないと思います。
だからと言って冷淡なのではなく、常に自分も含めて人を客観視している自分がいるのかもしれません。

私の敬愛する小田和正さんも似たような感じを受けます。
乙女座・月射手座ですのでやはり柔軟宮のライツですから、どこかしら最近はコンサートでも、観客のことを
傍観している好々爺のような感じすら受けます。

誰かを深く愛せる人というのはそれだけ自分のことが好きだと思いますし、自分を愛せるから人を愛せるのでしょう。子供を溺愛する母親になれる人はきっと自分自身を愛せる人なんだと思います。

その意味では私は自分に関心はないなあ…と二宮君の飄々とした顔を見ながら感じていました。
ただ、私はそのことをややさびしく感じているけれど、二宮君は別段寂しいと思っていないというのと、若さがまず違うので、彼がやや老成した感じを受けるのはそのせいかもしれません。

誰しもある種の「キャラ設定」はしているのかもしれませんね。

縁のある苗字 [ひとりごと]

と言うのがあるという話を昨日、生徒さんとしていたのですが、確かに苗字というのは何かしら同じ苗字は一族が同じですし、関係性があるから、ある一定の苗字の人と縁が深くなるということは、その苗字の一族と自分自身の前世など何かしらのご縁があるからなんじゃないかと言う話になりました。

確かに、私は結婚してから今のまあ、日本一ありふれた苗字だと言えばたいてい当たる苗字になったのですが、ありふれている割にはお客様に同じ苗字の人はほとんどいないのです。
ただ、なぜか病院に行ったときはどこの病院に行っても同じ苗字の人が複数いますので、私だけフルネームで言われますし、しかも、同姓同名の人までいる場合もありますから、こういう場合、ありふれた苗字と名前なので、非常に恥ずかしいし困ります。先日行った病院ではなんと、生年月日まで同じ同姓同名の人がいたのでもう、ビックリしました。

でも、なぜか病院でだけ同じ苗字に遭遇するのであって、娘が学校に行っていた時に同じクラスに絶対にいそうな苗字であるにもかかわらず、一回ぐらいしか同じ苗字の子と同じクラスにはなっていないのです。

なのに、お客様で、それほど多い苗字でもないのに、割と何人もいらっしゃるなと感じたことが確かにあります。
私の仕事はまあ、ご縁があって成り立つ仕事ですから、ここに来られる方で同じ苗字の方が多いということはやはりその苗字の方とのご縁があるからだと思います。
しかも、旧姓は非常に珍しい苗字なのにお客様に2人もいらっしゃいます。
お互いに「珍しい苗字なのに不思議ですね」と話しています。その方は結婚後その苗字になった方なのですが・・・。

苗字のルーツを探るにしても、私の今の苗字はあまりにもありふれているので別段探る必要もないのでしょうが、ちょっと変わった苗字なら、ルーツを探ると面白いでしょうね。意外と自分と何故縁があるのかわかるかもしれません。

生徒さんはある苗字の方とやたら縁があるそうで、自分が子供のころに仲良しだった人の苗字の人が、大人になって入院などした際の看護師さんの苗字だったり、何かといいイメージがあるので、実際によくしてもらえるそうです。

私は旧姓が漢字で書くと難しいのでいつもひらがなで書かれていて嫌だったので、結婚したら書きやすい、読みやすい苗字になりたいなと思ってはいましたが、まさか今のような簡単すぎる苗字になるとは思ってもいなかったので、まあ、自分が思ったことってこんなことでも叶ってしまうんだと思いますが。

ちなみに私がご縁のあるのはなぜか苗字の一部に「原」のつく人が多いです。
「原」さんもだし「石原」さん、「原田」さん「松原」さんなどなど・・・。
あとは「村上」さんや「長谷川」さんと言う方も多いです。

皆さんはなぜかご縁の多い特定の苗字ってありますか?

自分をご機嫌にする努力 [ひとりごと]

というのは意識的にやらなければならないなと感じました。

先日、半年ぶりにインナーチャイルドカードのセッションを受けてきたのですが、自分で引いたカードだけにごまかしは利かないというのがこのカードのなかなか意味深なところです。

自分がどうすべきなのか、自分ではちゃんと頭ではわかっているし、ハイヤーセルフもちゃんと私のことを認めてくれているのに、自分が勝手に自分を不機嫌にしてしまっていることのなんと多い事か…と言うのが毎回発見なのですが、今回もまた、
「自分の人生のかじ取りは自分以外にはできない」
という当たり前のことを回避しているせいで、自分自身を不機嫌にしているのでした。

私は年齢的にも仕事的にも性格的にもどこまで行っても自分が船頭にならないと船を動かせないということは理解しているはずなのですが、どこかで楽をしたいと思う自分がいるのか、誰か舵取りしてくれないかなぁと思ったりします。でも、じゃあ誰かのカジ取りした船に乗るのかと言えば多分乗りません。
だったら自分で舵取りするしかないのですが、面倒だとかやる気がないとかしんどいとか、言い訳を探しています。

先日もある人に「やる前にできないということ、多くない?」と言われてドキッとしました。

そうです。やって失敗したら恥ずかしいと思うことでブレーキをかけているのです。
誰も責めないのに、自分で勝手に恥ずかしいだけなのです。

時間軸を示すカードがすべて逆位置だったのですが、その他はすべて正位置だったし、6枚中3枚が大アルカナで、非常に意味の強いカードばかりだったのです。
ホントにそう、やらないだけで、やればできることばかりなのです。

でも、人生にはそういう事って案外多いと思います。
やればできる、とは勉強に関して親が子供によく言う事ですが、確かにそうなのですが、できないという判断は自分が勝手に決めていて、行動範囲を自分で狭めているのです。

やりたいこと、イコール自分がご機嫌になることです。
だったらやればいいだけなのです。
もちろん、先立つものがいるので、口で言うほど実際はたやすくないのですが、やりたいと切に願うことで、状況が変わり、できるような状況が自ずと開けてきたりするものなのです。

私は本当に自分をご機嫌にするということに対してあまり貪欲になっていないなというのがわかりました。
誰かをご機嫌にする、と言うことは意識していても、それだって自分がご機嫌でないのに無理にやっても誠意はないと思います。

ついつい安全な生き方を求めてしまう地象の多い私ですが、アセンダントは射手座ですしドデカテモリィは牡羊座のオンパレードですので、本当は冒険心もあれば、誰かの敷いた道など歩きたくないし、自分で道を作りたい人間です。そんな私がいつも選ぶのが「ピーターパン」のカード。しかもいつも逆位置。(怖がっているから)
ピーターパンは誰しもなれるものであり、自分の人生においては誰もが自分で舵を取るのは当たり前なのです。やりたいことはなんだってできるんだという自分の可能性を信じるだけなのに、それがなかなかできずにいるからいつもこのカードを引くようです。

もう、いい加減何をしたいのか、わかっているのだから、やらないといけないですね・・・。
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