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ユーモアのセンスは大事 [ひとりごと]

今月ももう半分すぎてしまい、相変わらずの亀状態になってごめんなさい。

ネットで話題になっていた、ご主人のことを結構面白おかしく書いていた奥さんがいましたが、毒舌ではありますが愛を感じる書き方だし、実にユーモアのセンスにあふれていて、こういうことを書けるご家庭は円満だからこそなのです。

なかなか楽しい奥さんだなぁと思っていたら、その上をいくような方が!

ご主人が何気に夕飯に関して「簡単な冷やし中華でいいよ」といったそうですが、ご主人にしたら
大して意味もなく言ったことなんでしょうけど、奥さんからすれば、冷やし中華は決して簡単にちゃっちゃとできる料理ではないので、その言い方にムカッときたそうです。
で、この奥さんが出した冷やし中華の写真を見てもう、爆笑しました。

「簡単な」冷やし中華というところに奥さんは注目したようですが、
一応ゆでた麺の上に、ゆでた鶏肉の塊と、ゆでたまご一個(剥いてあるところが愛を感じましたが)、キュウリ一本、ハム一枚そのままが乘っていたんです。

確かに具材は冷やし中華の具材ですね。

でも、大胆にそのまま乗っている写真はもう、ホントにびっくりして爆笑しちゃいました。

奥さん曰く「セルフサービスでどうぞ」ということで、食べるご主人が自分で「歯を使って食べればいいのだ」そうです。
もう、何と素晴らしいユーモアのセンスだろうと思って膝を叩きました。

ここのご主人は常に「簡単に〇〇でいいよ」というのでそれが奥さんには許せないらしいのですが、実はご主人は調理師さんだそうで、プロですから、冷やし中華はご主人にとっては「簡単」なんです。
でも、実際に私も作ったことがありますからわかりますが、ゆでた鶏肉は冷やしてほぐさなきゃいけないし、卵は普通は焼いて錦糸卵にするし、キュウリやハムも千切りにしないといけないなど何かと面倒なんです。
ですからこの奥さんはこのすべての工程を省いて出したんですよね。

ご主人の反応はもう、びっくりしたけれど笑っていたそうです。

ですからもちろんこのご夫婦はとっても仲良しですし、愛があるのです。

こんな奥さんはほんとにいいなと思いました。明るい家庭ですし、ご主人もちゃんとこの奥さんのジョークを笑える人なのです。
我が家でもしこんなことをしても主人に怒られるのがオチだし、全く受けないと思います。

笑いの絶えない家庭はやはり円満でしょう。
でも、きっと奥さんが明るい返しができるからです。私はこんなユーモアはとても浮かびません。

妙に感動してしまったので、嫌なことを言われたときにこんな風にユーモアで返せる奥さんになりたいものだと思いました。
テレビでもご主人が夕飯のメニューに関して「なんでもいいよ」と投げやりに言うので、
「なんでもいい」→「ナンでもいい」という発想から、インドの「ナン」を作ってそれだけを
食卓に並べたというのがありましたが、これもまさにユーモアのなせる業で、ご主人は笑うしかなかったみたいです。

こういった発想があの、映画にもなった「嫌がらせ弁当」ですね。
こういったユーモアはすべて愛なのです。

男性でも女性でも、「面白い人」は絶対にもてます。一緒にいて笑いが起きてしまうから、嫌なことも忘れてしまえます。
ユーモアって占星学ではどの領域なんだろうと思いますが、水星や3ハウスのアスペクトなんでしょうね。ただ、それが通じる相手でないとスベるだけですが。
天王星が利いている人も、ウイットに富んだところがあるかもしれません。

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我慢と辛抱の違い [ひとりごと]

私は職業柄、悩みがあっても自分で解決できるのではないのかと思われてしまうのですが、自分のことは自分では正直わからないことも多いのです。
主観的に観てしまいますから、私自身も客観的に誰かの意見を求める場合があります。

もともと私は左脳人間だったので、風の星がないくせに理詰めで物事を考えては負のスパイラルに陥ることが多かったのです。いわゆる「考えすぎ」というやつです。
そういう自分を変えたくて、占いを生業にしてもう20年以上になるせいか、今では柔軟性がかなり出てきたと思いますのでその部分ではよかったのですが、ややいい加減になりすぎるところもあり、時として自分がこれでいいのだろうかと思うこともあります。

以前、占星学の記事で怒りのコントロールは火星や冥王星で見るというようなことを書いたかと思いますが、(HPの「占星学の玉手箱」から探せると思います)年齢のせいか、今まで簡単にできていたことに対して妙に時間がかかったり、何と言っても記憶力がかなり低下してきていて、「こんなこともわからないのか」と、自分で自分に対して苛立ちを覚えることが多くなって、握力や筋力もなくなりつつあるので、モノを落としたり、変なところでぶつかったり何かにつけ「どんくさく」なっています。
なので、そういう「無能」な自分にイライラして止まらないことがあるのでこういうのを抑えなきゃいけないなと
思っていたところ、常連のお客様で「アンガーマネジメント」という「アンガー」つまり「怒り」の感情を「マネジメント」(この場合は「後悔しないこと」という意訳をしています)後悔しないこととして、怒りを必ずしも悪いものとしてとらえるのではなく、本当に必要な怒りは出してもいいのだということを学ぶ講座で資格を取った方がいて、心理学はいろんな局面で勉強したい方なので、入門講座を受けてみました。

まず、怒りの感情が湧き起ったときその衝動をとりあえず6秒コントロールすることだと学びました。
6秒っていうのは意外と長いもので、深呼吸もできます。でも、怒りに駆られているときに6秒数えるというのは割と至難の業です。でも、「ちょっとまて」は6文字ですし、これを唱えながら待つことはできるかもしれないなと思ったりしました。
あとは、なるべく空を見上げて下を向かないようにすることで6秒数えてもいいかもしれません。
胸を張ることになるので不思議とマイナス感情が湧き起りにくいからです。

ただ、単に怒りを我慢して6秒待つ、となると実はコントロール不能なのです。
でも、怒りを辛抱することはできるのです。

我慢というのは実は人や外部からさせられることつまり外側からの感情なので、嫌なことなのです。
ところが、辛抱というのは、自分ですることなので、主導権はあくまでも自分なのです。そして辛抱することで自分自身を責める必要がなくなるのです。
この、我慢と辛抱の違いを問われて答えられませんでした。
確かに「我慢大会」というのが真夏や真冬にありますが「辛抱大会」とは言いませんね。

子供が泣いていたらつい「我慢しなさい」と言います。「辛抱しなさい」と冷静にいう親はあまりいないでしょう。
だからなのか、子供は「我慢しなさい」と言われて余計泣き出す場合が多いし、無理やり我慢させられているという気持ちで歯を食いしばっている場合もあるでしょう。
これが大人になってくると理性が働くので、人前では泣かないというように「辛抱」することができるようになるわけです。

あと、怒りの正体は、自分で勝手に決めた「〇〇であるべき」「〇〇すべき」というようなこだわりであって、怒りに対して勝手に意味づけをしているのです。この「~べき」というのは自分で変えられるし、手放すことができる場合が本当は多いのです。
どうしても怒り=マイナス感情だと思いがちですが、これもまた、怒りは抑えるべきだ、というように意味づけをしているからだと思います。
たとえば自分の子供が目の前で殴られようとしているのを見ていて感じる怒りは抑えるべきじゃないはずです。
要するに、必要な怒りは出すことで防衛感情になっていますので、大切なことでもあります。
こういう怒りまで抑えてしまったらそれこそ人は行動できなくなってしまいます。

つまりは、人は変えられないけれど、人の行動は変えられるということが前提なので、怒り方というのも大事になってくるわけです。
怒りは決してなくならない感情ですが、感情的にならずとも怒りは伝えられるというわけです。

もちろん、ある程度鍛錬は必要でしょうけど・・・。

入門編だけでもかなり深い内容でした。

怒りを辛抱できたら自分をほめてあげればいいんだなと思いました。

そして怒りというのは第二次感情であって、表面に出ている感情ですがその原因には第一次感情としての
悲しみや憎しみ、ねたみ、いろんな感情が実はあるので、この、9割を占める一次感情に気づくことこそが怒りの本質を知る(理解する)ことにつながります。

常に不機嫌でイライラしている人も実は奥底に寂しさとか深い悲しみがあるからかもしれません。
私自身のイライラも、現在の生活がどうしても100%自由とはいかず、嫌いな家事の負担が増える一方だからという現実に対する不満から来ているように思います。
でも、これは現実だから取り除けないですし、別に私自身が自分を責める必要の全くないものです。
家事をするのは当たり前だという、主人などが言うところのそれこそ「主婦は家事をするべき」という概念に対して怒りを感じますが、別に主婦が家事をサボってもいいのですし、サボった自分を責める必要もないのです。私はがんばっているんだ、と自分自身を認めてやればいいだけなのです。

人の悩みも、奥にある感情に気づくことで解決の糸口がつかめたりします。
その意味で「怒り」というともすれば「良くないもの」だと決めつけられがちな感情に焦点を当てるのはとても
意味のあることだなと思いました。

叱り方の入門講座もあるようですからそちらも受講したいなと思いました。

イライラしたら自分が落ち着く文言を唱えるといいそうです。小田さんの曲に出てくる
「そのままでいいんだ」「そのままのきみが好き」というまさにこれを唱えたいなと思いました。

そういえばイラッとくるCMで十六茶のCMの中でガッキー(は好きなんですが)がやたらと「べし」という文言を使っているのがどうも耳につくなぁと思っていました。それこそ「べし」なので決めつけている文言だからなんだなと思いました。
占いでも、決めつけの言いかたをするのはあまりよくありません。もちろんプラスの事象は励ましに断定口調を使ってもいいですが、なるべく柔軟な文言を使うことで相手の心をほぐすことが大事だろうと思います。

今は特にあまりズバッと言われることを好まない傾向があります。
時代に即したセッションの仕方も学ぶ必要があるし、時に心理学のメソッドを学ぶことはとても大切なことだと痛感しました。



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何も言えなくなっちゃいます [ひとりごと]

今日は日蝕ですが、相変わらずの雨模様で、九州の方は大変だと思います。
8ハウスだとばかり思っていましたが、7ハウスでした・・・
主人のことがクローズアップされるのかぁ・・・いいことだったらいいですがやはり健康面に問題を常に抱えていますのでそこが気になるところです。

ところで、今日、ニュースで見てびっくりしましたが、中日ドラゴンズの応援歌の中で「サウスポー」(ピンクレディーのヒット曲)の替え歌?か、歌詞の中に「お前」という表現があるのでそれが子供の教育に問題だという理由で歌われなくなったということです。
私が大阪人だからか、「お前」などという言葉はすべてが相手をばかにして言ってるのではないし、男性だったら恋人や奥さんに対して常日頃から「お前」と言いますし(うちもそうです)全然気にしてなかったです。

確かに、友達にも「男性からお前って呼ばれるのは嫌だ」という人はいましたが・・・。

応援歌でわざわざ「きみ」とかいうのは変だと思うし、選手の名前が長い場合は入れづらいし・・・。

もとより、関西人の漫才などほとんど「お前」よわばりですが、それをすべて「きみ」なんて言ったら全然面白くなくなっちゃうしもう、吉本新喜劇とかも何も言えなくなってしまいます。
吉本の例の闇営業問題が影響しているのかどうかは知りませんが、子供に「お前」というのが別にばかにしている言いかたではないと教えたらいいだけなのではないのかなぁって思ったりもします。

確かに以前、行きつけの美容室の美容師さんが、お子さんが家に友達を連れてきて遊んでいたら、自分のお子さんに「お前」と言った子がいて嫌だったとおっしゃっていたんで、「そうですか?」と私は返しましたが、人によってはすごく嫌なんでしょうね。

うちは娘しかいませんが、小さい時、あまりにも悪い時は「お前」と言ったことも正直あります。(笑)

要するに、ケースバイケースだと思うので、応援歌とかの場合は絶対にファンだから選手のことをバカになどしないし、いいんじゃないかなぁと思いますけどね。

中日のファンの人はみんな納得しているのかなぁ?
きのうは完封負けだったみたいですが。

こんなことがニュースになってしまうような世の中、ちょっといろんなことに過剰に反応しすぎるのではないかと思いました。
言葉づかいが悪くても明るく活発で元気なお子さんのほうがいいように思うし、私の大好きなあの「種田さん」だってドラマで結衣に「バカか、お前は」と言ってました。
こんな愛のある「お前」だったら大歓迎ですけどね・・・。

それこそ大阪弁では「アホかおまえは」なんてことは日常茶飯事です。

うーん・・・ちょっとなぁって思ってしまいましたが、巷で聞いたら3割ぐらいは賛成の人いましたね。
私は絶対に反対ですけど・・・。


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癒されたい~☆ [ひとりごと]

yjimage.jpgまだまだ精進が足りないのか、相変わらずいろいろあります。

そんな時、この画像を見るとホッとするので皆さんにもおすそ分け。

ご存知かもしれませんが(絵本も出ているようですから)私は何かのニュースで、〇と▽だけで似顔絵が描けるということで、見たらホントにそんな顔なんです。

「シマエナガ」という鳥だそうですが、真っ白でまるでヘッドホンをかけているかのような画像ですが、ほかにもいろいろあって、とにかくモフモフでかわいいのです。
目が〇でくちばしが▽でしょ?
小首をかしげているような画像もあったりしてもう、表情のすべてがかわいいのです。

ホンモノを見たことはないのですが、どうやら北海道に生息しているようです。
全身真っ白ではなく、羽の部分は薄茶色なんで、スズメみたいな感じなんですが、「雪の妖精」とも言われていて、白い部分がすごくきれいですね。

動物は本当に癒されます。
我が家にも癒し犬がいますが、無防備にお腹を向けて寝ている姿はホントにホッコリします。

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久々にすがすがしい気持ちになりました [ひとりごと]

昨今、ネットを開けば嫌なニュースばかりでもう、世の中終わってるな…と思うことも多いのですが、
沖縄で高校生の男子生徒が、おじさんの納骨式に出席するための飛行機代6万円が入った財布を失くしたことに気づいてもう、途方にくれていたら、通り合わせた男性がなんと、6万円を手渡したという話。
それだけならまあともかく、その後が素晴らしい。

どちらもそれこそ魂レベルの高い人だったのでしょう。
高校生の男子生徒はあまりに突然の出来事でうっかりその男性の連絡先を聞き忘れていたということで、
6万という大金を絶対にお返ししなければいけない!と思ってもう、必死で探したそうです。
こういう場合のネットは本当に便利ですね。

それで、埼玉在住のもともと沖縄出身のお医者さんだったことが判明しました。
そして、そこまでして男子生徒が自分を探してくれたことに、そのお医者さんがうれし泣きをしているニュースを読んだだけなのにウルウルしてしまいました。

こんな心根のいい人が日本にもまだいるんだ!と大袈裟ではなく感動しました。

もちろん、6万円などという大金を貸してもらったら通常返すのが当然ですが、今の時代だったらもう、
「ラッキー」と思って相手が誰だかわからないしまあいいや、と思うような人間のほうが多いかもしれません。
でも、この男子生徒はすごく心のきれいな子だったのでしょう、まるで地獄のような思いの中、そこから一気に天国に行ったような気分を味わったので、そのお礼を言いたい!という純粋な気持ちしかなかったんでしょう。

きのうはやっとその二人が「対面」して、工業高校に通っている男子生徒は手作りの文鎮に、感謝という文字とお医者さんの名前を彫ったものをプレゼントという、まあ、心のこもったものを・・・これまた感極まりました。
お医者さんからはなんと、財布のプレゼント。これまた粋ですね。
この二人はこうやってきっと一生固い絆で結ばれることでしょうし、お互いに一生忘れない出来事になったと思います。

こんないいニュースは久しぶりに観たので、本当に感動しました。

余談ですが、例のLINE乗っ取りの際、友達の一人はなんと、私がよっぽど困っているからだろうと、ぶしつけ極まりない文面を信じてコンビニでカードを買おうとまでしてくれていました。でも、変だなと感じて電話くれたから間一髪のところでお金の被害に遭わずに済みました。
彼女はもともと優しくて心のきれいな人でしたが、ホントに優しい人なんだなと、うれしかったです。
何よりも私が落ち込んでいるだろうということを心配してくれた彼女のメールの文面にもすごく励まされました。今回の男子生徒もきっと、落ち込んでいたところにまさかお金をしかも6万もすっと渡してくれるなんて、思ってもいなかったと思いますから、今回の私とはくらべものにならないぐらい、うれしい気持ちになったんだろうなと思いました。

彼はきっと、心優しい素敵な青年に成長することは間違いないでしょうし、お医者さんも、見るからにいい人だなと思うような雰囲気の人でした。お医者さんだからまあ裕福ではあると思いますが、通常裕福だと自分だけがいい思いをしている場合が多いんですが、人のためにお金を惜しげもなく使えるという、この方の心根もまた素晴らしいと思いました。

久しぶりにいいニュースを見てホッコリしました。
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日本語は難しい [ひとりごと]

たぶん、世界中で一番難しいのは日本語なんじゃないかなと思います。
もちろんほかの国の言葉を何も知らないのですが・・・。

目下のものが目上の人に対して「お疲れ様」と言ったら批判されたということなんですが、じゃあ、なんて言えばいいのかなと思いますよね?
「お疲れ様でございます」というようにすべて丁寧語にすればいいのでしょうか?
確か、目上の人は目下のものに対して「ご苦労様」というと聞いたのですが・・・。
そのかわり、目下から目上には「お疲れ様」だと。

私は会社員をもうずいぶん長くしていないので、その辺の使い方がわかってないところもあります。
でも、会社では、目上からはもちろん目下に対して「お疲れ~」みたいに言うと思うし、
目下が目上に対しても「お疲れ様です」というと思います。

上記の批判されたというのは、ある芸能人が天皇陛下に対してもちろん直接ではなくブログか何かで書いたら批判の嵐だったということなんですが、まさか天皇陛下にご苦労様はないと思いますから、お疲れ様でしたと普通にいうと思うんですが・・・。

あと、ビックリしたのが、「了解です」というのもよく使いますがこれ、目上から目下に対してのみ使うものらしく、逆の場合は「承知しました」というそうです。
LINEのスタンプにも普通に「了解」というのがあるんで、割と気軽に使ってるんですが・・・。
私の年齢になるとまあ、ほとんどの人が私よりも年下なんですが、年下の友人から「了解」というスタンプを送られても何とも思わないですし、別にいいんじゃないのかと思っていました。

うーーーん、マナー教室ではないのでもう、ざっくばらんでいいんじゃないかなと思うんですがダメなんでしょうかね?時と場合によっては・・・。

日本語はニュアンスで伝わるから、敬意を払っていたらいいと思うんですが・・・。

ただ、最近やたらなんでもかんでも「やばい」というのは非常に気になります。
あまり品の良い言葉ではないと思うので、今やいいことに対してもたとえばものすごくおいしい食べ物があったとき「ヤバい」とよく言いますが、この使い方はどうなんだろうなと、おばちゃん的には気になりますね。

災害のニュースでもよく、「ヤバい」を連呼していますがこれもどうも・・・。

平成ではやった若者用語が徐々に変化し、また令和でも若者用語がいろいろ生まれるんだろうなとは思いますが、あまり品のない言葉ははやってほしくないですね。

ここ数日、皇室関連のニュースをよく見るせいか、美しい日本語を使わなければいけないなとちょっと思ったりします。
「令和」という響きはとても美しいと思うので好きですし、その時代に似合った言葉づかいをしたいものです。

と言っても大阪人なんで、大阪弁丸出しですが、少しでも品よくしたいとは思います。
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知らんけど(笑) [ひとりごと]

もう、2018年もあと二週間だというのに、今月はまるで記事を書いていなかったことに気づきました。
どうも、毎日やはり土星のせいか、すべての動作が鈍くなっていて、思い立った時に書かないと忘れてしまったり、面倒になったりでダメですね~

おかげさまで3日の名古屋イベントは大盛況のうちに終わりましたが、自分の中でそこにエネルギーを使い果たした感があり、日常生活がかなりいろんな面で特に寒くなったせいもあり、億劫になっています。

パソコンの前に長時間いることができにくい状況だったりもします(家族の平均年齢も高いため、冬場はみんなが調子を崩しますので)。
さらに最近の悩みは、我が家の愛犬マロ君が、年齢も10歳で人間でいうと60代ぐらいなんで、免疫力が低下してきて、皮膚疾患がひどくなってきました。
なので、特殊なシャンプーで3日置きぐらいに洗ってもらっていますので、それで時間もお金もかかってしまいます。
正直我が家では私が一番若いという情けなさで…でも、来年早々私も還暦ですけどね。

そんな中で、母も病院に連れて行くことが多かったりで運転できる娘に半休を取ってもらったりすることも増えてきて、家族と話す機会も多いんですが、今やってるドコモポイントのCMで「知らんけど」というのがありますが、あれ、ホントに関西人特有の話の終わらせ方なんですよね。
これ、誰の声かと思ったらロッチだったんですね。(いまだに私はロッチの中岡さんと、らーめんずの片桐さんの違いがわからない・笑)
うちの娘と主人も、実はよく聞いてると「知らんけど」というのをよく使うんです。
この二人は根っからの関西人なんで、無意識に使うんでしょうね。

でも、私は東京生まれで母親も三重県で若いころ東京にいたので、ほとんど使いません。
ただ、関西在住歴は長いので、かなりうつってると思いますし、正直「知らんけど」と言われても
別段何の違和感もなくきています。

でもこれ、関西人特有のようで、関東の人にはかなり衝撃的なようですね。

「知らないのになぜいうのか」と思うようで・・・。
最近でこそ、関西のお笑い芸人さんが東京進出することも多く、関西人のノリツッコミに東京の方も慣れてきたと思うんですが、「知らんけど」という語尾をそのまm聞いたら確かに無責任極まりないですよね?

もちろん、言い逃れの意味でいうこともあります。確信の持てないことに対して「知らんけど」ということで「責任はとれないよ」と後押しする意味合いでいうことがあります。
でも、たいていは相手に対しての思いやりからくる、関西人特有の婉曲表現だと思います。

最近何を言っても炎上するとか、特にネット社会だと言い切ってしまうと何かと問題になりやすいですね。
M-1での武智さんと久保田さんが審査員の沼恵美子さんに対して暴言を吐いたということで、かなり騒然としていますが、彼らも「知らんけど」と一言最後につけ加えたらもしかしたらもっと笑いで終われたか、ここまで批判されずに済んだのかもしれません。

関西人の言語は、ふざけているのかと思うような意味合いに取れたりすることもありますが、たいていは
物事を丸く収めたいという、商売人特有の言い回しのように思います。

でも、私のような仕事で、鑑定結果に対して「知らんけど」などと言ったらそれこそ無責任極まりないのでとても言えませんが、話のオチとして使用する場合は、場が和らぐこともあるようです。

例えば誰かに内容を話したとしてもあくまでも自己責任でお願いしますよ、という感じがニュアンスとして含まれていると思いますので、いわゆる「穏便に」とか「よろしゅうに」というような感じと似ていると思います。

標準語で「知らないけどね」などというと本当に無責任だ!となるでしょうけど、関西弁っていうのは響きが柔らかいのもあって、本気で腹が立たないですね。
ただこれも関西人だからであって、関東の人が初めて関西に来たら、早口だし、怒っているのかと思う人もいるようです。
「アホ」と「バカ」はどっちがいいかというのもありますが、関西人は「バカ」と言われると馬鹿にされたような気分になるので嫌いですね。「アホにされた」とは言わないですから・・・「アホ」には愛があるけど、「バカ」にはないような・・・(知らんけど・笑)

私自身、4歳で大阪に来て、最初は標準語で話す自分を笑われて「わたしね」というと「わたしやって~」とかいちいちからかわれたので、カルチャーショックを受けていましたが、次の日になったらごく普通にしゃべっているんで、特に問題なく徐々に関西人らしくなってきましたし、今ではもう完全に大阪のおばちゃんです。

友人で「ええんちゃう」とよく言う人がいましたが、これもまた関西人特有の言い方でしょうね。
まるでこっちにゆだねるような言い方ですが、そうすることで責任は誰にもないという感じになりますので、これは思いやりだと思います。
おごってくれた時に「いいん?」と言ったら「ええんちゃう」と言われると妙に恩着せがましくもないし、遠慮する必要もないんだと思えてすごくうれしかったのを覚えています。

語尾をあえて言い切りにしないという関西人特有のユーモアのある言葉運びなんだと思います。

と、一人の関西人としてつぶやいてみました。知らんけど。(笑)


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「会いたい」という心理 [ひとりごと]

恋愛相談の多くがこの「会いたい」という心理の男性と女性との微妙な違いから生じる悩みだったりします。

女性は割と、好きだからこそ会いたいと思う人が多いですし、会いたい気持ちを比較的ストレートに伝えることができるだろうと思います。
でも、男性は必ずしも好き=会いたい、ではないようなタイプがいます。

女性は、自分がどんなコンディションであっても大好きな異性には「会いたい」と思う人が多いと思います。
楽しい時、うれしい時も大好きな彼と共有したいだろうし、逆に落ち込んでいたりさびしい時も彼に会いたいと思うでしょう。でも、男性は楽しい時はまあ、彼女と時をともにしたいかもしれませんが、しんどい時や自分のコンディションが悪い時はむしろ大好きな相手とは距離を置く傾向も見られます。
昨今の若い人は割とさびしがり屋さんも多いので、さびしいから会いたいとそのままいうような人もいますが、男性は一般には弱い部分をあまり女性には知られたくないと思う場合が多いようで、家族ならともかく、恋人関係の場合は割と「やせ我慢」をする傾向があるように思います。

でも、女性はそういう男性の気持ちが今一つ理解できず、好きだったら会いたいはずなのになぜ会ってくれないのかと悩むみたいです。

好きだからこそ、彼女に嫌われたくない、だから元気なときしか会いたくない・・・
というのもまた、男性心理だろうとは思うのですが、恋愛は理性でするものではないため、本能的な面が特に
強い女性だと、相手の男性に愛されていないんじゃないかという悩みが出てくるでしょう。

あと、自分のペースを崩されたくないというのも、男性に多いだろうと思います。
これはもう、特に不動宮にライツ特に太陽のある人に顕著です。

大好きな人に会いたいと思うペースは人それぞれですから、毎日でも会いたいという、情熱家さんや、恋愛初期状態のハイな気持ちの場合はそれもありですが、ある程度落ち着いてくると、会わなくても平気になってくるのが通常で、特に男性はもともと「釣った魚にエサはやらない」傾向があるせいか、会うために時間を割かなくても、毎日LINEや電話をしていたらまあいいか…と思うところが多いでしょう。
女性でも、最近は割とそれで愛情を確認できたら安心する人もいます。

要するに難しいのが、コンディションの悪い時にどうしたいかということに対する個人差です。

自分がしんどいから相手に会って癒されたいと思うのも恋愛心理ですが、
しんどい時に負のオーラを大好きな人にまき散らしてはいけないからあえて会わない
というのもまた、相手に対しての思いやりだろうと思います。

前者は自分軸で、後者は他人軸です。
どちらがいいとかではなく、これが一致していたらその二人は仲良く関係性を築けますが、一致しない場合、気持ちが離れる原因になってしまうことがあります。
普段わがままを言わない人が、大好きな人だからこそ甘えたいというのもかわいいですし、実際男性によっては頼られればもう、無理してでも会おうとする人もいます。
ただ、コンディションの悪い時は気ごころが知れた相手に対してだからこそわがままも出ますし、下手すると八つ当たりのようになる場合もあります。そういう性格を予想できる場合はあえて会わないでいようというのも理性的ではありますが、相手への思いやりの一つではあります。

このさじ加減が恋愛の場合は難しいですね。
恋愛というのはどうしてもエゴが出ますから・・・。相手軸で常に考えるなど、よほどの人しか無理です。

コンディションの悪い時、比較的活動宮の人は動くことでそれを解消しようとしますし、仕事に燃えたり、遊びを無理にいれて忙しくしたりします。
でも、不動宮はじっとしていたいと思う人が多いようです。柔軟宮は割とフレキシブルなので、会いたいと言われればよほどのことがなければ会ってしまうかもしれません。

我が家は私だけ活動宮であとはみんな不動宮なので、確かに私はあちこち行きたがりますし、多少コンディションが悪くても仕事をしているほうが逆に元気になる場合がありますから暇が最も嫌いです。
でも、主人をはじめ、母も娘もコンディションが悪いと動きませんし、動きたがりません。

相手があまり会いたくないけどこっちはその人に会いたいというケースはもう、言い方によるとは思います。
「会いたい」と直球を投げてしまうとわがままになってしまうので
「会ってもいい?」とお伺いを立てるとか「会いたいんだけど、だめ?」というようなへりくだった感じでいうと、男性は大半はOKになるのではないかなと思うのですが・・・。

私などはあまり女らしい感性がないのか、頻繁に会いたがる男性は「暇なのか」と思ってしまいますし、
自分がコンディションが悪い時は面倒ではあります。上記のように活動宮の特徴で動くのは一人で動くだけで、誰かと時間を共にしたいとはあまり思わないかもしれません。

でも、普段あまり甘えない人が「会いたい」と言ってきたらたぶん心が動くでしょう。(好感度の高い相手)

要するに頻度によっては「会いたい」というのは殺し文句にもなるでしょう。

長続きするためにはやはり、お互いにコンディションの良い時にこそ会いたいですけどね。

結果的には相手に対しての思いやりが感じられるのなら「会いたい」はやはり恋人としては当然の心理なのでしょうけど・・・。
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信用と信頼 [ひとりごと]

みなさんは、信用されるのと、信頼されるのとはどちらがうれしいと思いますか?

もちろんどちらも大事ですが、やはり「信頼」されることのほうが嬉しいのではないでしょうか?

よく「信頼はしても信用はするな」と言われたり
「信用は頭でするものだが、信頼は心でするものだ」
とも言われます。

要するに、信用というのは、あくまでも条件付きのことであり、だから、「信用貸し」とかは言いますが「信頼貸し」などという言葉は決してありません。
それに反して、信頼というのは無条件に相手を信用することだと思いますので、「信頼関係」とは言いますが「信用関係」とは言わないですね。

でも、実際の人間関係においてはどうしても相手に対して「期待」をしてしまうのが人間だと思います。
でもそれは、こちら側が勝手に思っているだけなので、その通りにならなかったら「裏切られた」とか「信じていたのに・・・」という思いが生まれてしまうのです。

期待を捨てれば楽になることは、みんな知ってると思うのですが、これがまた難しいことです。

期待ということは無意識に相手をコントロールしようとしているわけなので、それは根底に相手を信用していないことになってしまうと思います。
相手の思惑は相手にしかわからないことだし、こちら側の意図とは違う反応を示されたからと言って相手がこちらを裏切っているのかというとそうではない場合もあります。

「信じてたのに!」とよく、夫婦間でも言いますが(ご主人に浮気された奥さんとかが)これは、たぶん
「夫婦だから浮気はしないだろう」と勝手に奥さんの側が条件を設定してその上で相手を「信用」しているからで、「信頼」している場合は、無条件に相手を信じるので「信用」も含まれてくると思います。

すごく難しいことかもしれませんが、ご主人のことを心から信頼していたら浮気という「事実」が発覚した時に
「なぜ夫は浮気したのだろう」
「自分に至らないところがあったからか」
「何が不満だったのだろう」
というように、相手を責める前に「事実」だけを踏まえて考えることができるのではないかと思います。

もちろん、そんなことのできる人はまあ、かなり人間として練れた人なのでほとんどいないでしょう。

先日も娘婿が飲みに行って「絶対に終電では帰るから」とLINEが来たにもかかわらず朝になっても帰ってこず、結局その日の昼まで戻ってこなかったそうで、娘曰く
「終電が無理だったら始発ででも帰ってくるのが誠意だと思う」とのことだったんですが
それは、娘が勝手に決めた「誠意」であり、婿にとっては別段そういう発想はないと思うのです。
婿は多分飲んでいたらもはや時間など忘れてしまい、気分よく酔っているのに「妻にLINEをしなきゃ」とは
思わないでしょう。でもそれが別段妻を裏切っているということにはならないと思います。
娘は割と正義感が強いので、「絶対」と言ってきたからそれを「信用」してしまうのですが、彼は今までも何度となく約束(と娘が思っていること)を破っていますのでまあ、言ってることに大して意味がなく「信用」はさほどできない人間だと思います。
でも、いざというときは男らしいし、余計なことは言わないのでまあ、「信頼」には値するタイプだとは思います。だからまあ、頼りない面はあるけれど娘との結婚も認めたわけです。

娘は要するにまだ婿のことをまだ無条件に信頼できてないのかなぁとちょっと思ったのです。

今やっている「ヒモメン」なるドラマがありますが、ここに出てくる窪田正孝君演じるヒモ男君はまあ、彼女のことを何度となく裏切ってくれますので、信用など全くできないタイプです。
でも、彼女はなぜか彼のことを無条件に信頼はしているのです。

要するに信頼はできても信用はできない(部分がある)

というようなタイプの人は意外と好かれるように思います。

逆に、
真面目だし、信用はできるけれど、信頼はしてない

と思うような人はいざというときに頼れないわけですから、心から好かれる人ではないように思います。

信頼の中に信用は当然のごとく含まれるので、
「信じられない!」
という言葉はいいかえると
「信用できない!」ということになるので、そこで心底腹が立ってその人との関係性をもう切ってしまおうと思うのなら信頼していなかったということですが、娘もやはり彼のことは好きではあるのでどこかで信頼はしているのかもしれません。そうでなかったら結婚していないでしょうし。

夫の浮気にもドンと構えている奥さんがいます。最近の例だと、ダウンタウンの浜ちゃんの奥さんの菜摘さんです。これはもう、全幅の信頼を寄せているからでしょう。(全幅の信用という言葉はないですね)

夫婦は「信頼」ができていたらそう簡単に壊れないんだろうなと思います。

孔子も、論語の中で
「十人いてすべてに好かれる人も善人ではない。十人のうち五人に好かれたら善人だ」
というような趣旨のことを言っています。
好かれようと思って(信用されようと思って)「いい人」を演じて好かれたとしてもそれは「都合のいい人」にしかならない。「無条件に信頼してくれる人が十人中五人もいれば十分その人はいい人だ」ということだと思います。

確かに、お金を借りる際に貸す側はビジネスとしては「信用」されたいから美辞麗句も使うでしょう。
でも、ビジネスなので当然ですから借りる側がその人そのものを「信頼」しているわけではないと思います。

私も、仕事で相変わらず時々「踏み倒し」「ドタキャン」などの憂き目に遭いますが、もともとネットで知り合った相手に対して「信頼」は難しいと思います。ですからビジネスとしては「信用」はあるという前提でかかわるのですが、
「条件として提示してあるので事前にお金は払う」
というのは私が決めていることであって、相手にしてみたらもちろん「常識」のある人はそれで「信用」は成り立つのですが、鑑定結果を聞いてないのに私のことを「信頼」できるかというと違うでしょう。

ネット社会の怖さはこういう面でもあるんだろうなと痛感します。

やはり人とは会って話さなければ信頼関係は築けないのではないかと思いました。

会って話したことのある人との場合は、よほどのことがない限りは金銭面でもトラブルはありません。

でも、信頼関係が築けていたと勝手に「期待」していて、そうではなかったということもあります。
そういう意味での信頼は本物の信頼ではないんだなと思いました。

メールだけで終わってしまう関係は、それまでの関係であって、本当に失いたくない関係だったらやはり
会って話そうと思うのが本物の信頼関係なんだろうなということです。
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今回の災害で被害を受けた方、お見舞い申し上げます [ひとりごと]

今回の台風21号はもう、本当に日本に何か恨みでもあるのかというぐらいひどい爪痕を残し、北海道まで巻き込んで大きな被害をもたらしました。

北海道は大変なことになっているようですが徐々に復旧しているようでニュースを見る限り、対応はかなり迅速だったようですね。
でも、まだまだ大変だと思います。

と言っても実はこちら大阪も、今回は台風が直撃しました。
本州で最も死者が多かったのが大阪府です。まあ、人口が多いからというのもありますが、
今回、兵庫県や京都など近隣はあまり大きな被害はなかったように思います。

大阪は、災害は来ないだろうとちょっとなめていたところもあります。
私自身、正直、災害はそれるといつも思っていたんですが今回ばかりは本当に家が揺れて風の音が怖かったです。
屋根の一部が落下したりして個人宅の修繕はまだまだ手が足りないため、落下物はそのままです。

しかもなんと、我が家はケーブルテレビの回線を利用しているので、固定電話もテレビもインターネットもすべてアウトになってしまったんです。
停電だけは免れたのでまだ普通に生活はできたからよかったんですが・・・。

仕事柄、インターネットに接続できないというのはかなりのダメージで、スマホでパソコンに来たメールを見れるように設定しているからまだよかったものの、この3日間は時が止まったようでした。
自宅でいる私ですらこんなにストレスを感じたのですから、避難所生活を送られている方のストレスはもう、
半端ないものだろうと痛感しました。

正直他人事みたいに思っていた災害がもはや日本のどこにいても身近なものとして認識すべきものになっています。

私は今日やっとすべての通信網が復旧したのでこうやってブログを書けますが、まだまだ全国には停電していたり、不便な生活を余儀なくされている方がいらっしゃると思いますので、本当に心からお見舞い申し上げます。

尚、16日に実施するコラボイベントですが、すべての枠がおかげさまで埋まりましたので、申し込みを締め切らせていただきます。

日本はもはや安全な国とは言えないですね。これは何かしらの警告かもしれません。
今やネット社会ですべてがネットに頼ってしまっていますが、電気が止まったりすればすべての通信手段は一気になくなるわけですから、やはり人と人とが直接助け合うような、そんな社会にならなければいけないのではないかと思いました。
今年は本当に災害続きです。すべての国民が防災に関する知識を持たなければならないですね。
私自身も全く知識がないので、ちょっと真剣に考えないといけないと思います。
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